鼠径ヘルニアは小児外科では主要な疾患であるが,通常その既往は重視されていない.今回,我々は小児期に受けた鼠径ヘルニア手術が原因と推定される強度の疼痛により,緊急帝王切開を余儀なくされた症例を経験した.症例は29歳,0回経妊,1歳の時に単純高位結紮術(以下,Potts法)で卵巣の滑脱を伴う右鼠径ヘルニア(以下,卵巣滑脱型ヘルニア)の手術を受けた.妊娠32週2日に切迫早産で入院し,しばらく状態は落ち着いていたが,妊娠33週6日に右下腹部から鼠径部の痛みが突然出現した.母体のvital signは異常なく,胎児の状態も良好であり,硬膜外麻酔などを使用し,妊娠継続の方針とした.しかし,妊娠34週3日に発熱と血液検査で炎症所見を認め,子宮収縮が頻回となったため,試験開腹および緊急帝王切開術を施行した.術中所見は右子宮円靱帯が約2 cmに短縮し,同部位に捻転した右卵巣と大網が癒着していた.これらの変化は,鼠径ヘルニア手術の合併症と考えられた.
考察から,手術を受けた年齢が若年なほど卵巣滑脱型になりやすく,さらにPotts法で手術を行うことで子宮円靱帯の短縮や付属器の障害を起こしうることがわかった.今回の症例では,妊娠中の子宮増大や子宮収縮により,捻転・癒着していた卵巣ヘの血流障害が生じ,突然疼痛が惹起されたと推定した.鼠径ヘルニア手術の長期的な合併症は明らかでないが,不妊や腹腔内の癒着による腹痛の原因となっている可能性がある.
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